【Voicyカタリバ】荒木マスター公開収録から学ぶ「コミュニティの本質」

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【Voicyカタリバ】荒木マスター公開収録から学ぶ「コミュニティの本質」

こんにちは、17卒社会人の外資系営業マン3年目のたーとむ(@tartom7997)です。

2019年の10月8日に、音声スタートアップのVoicyの番組である「荒木博行のbook cafe」の対談イベントに参加してみました。

今回は、荒木マスターのファンという参加理由もあるのですが、「コミュニティあるべき姿とは何か?」を知りたいと思い、参加してみました。

「コミュニティ」のあり方に興味を持ったのも、最近のトレンドである、オンラインサロンの注目が一つあります。

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「コミュニティ・ビジネス」の隆盛

昨今、「オンライン・サロン」が、インフルエンサーを中心に流行していると感じませんか。

また、その「オンライン・サロン」を軸に、現実の場でも交流を行う「コミュニティ・ビジネス」も注目を浴びていますよね。

注目の背景としては、SNS・インターネットを通じて、趣味・嗜好・目的の合う人々が、繋がることがより容易になったことがあるのでしょう。

では、インターネット上で作られたコミュニティは参加者にとって、どのような価値をもたらしているのでしょうか。

  • ある人は、野次馬的に、イベントが作られていくのを見ていく場としていたり、
  • ある人は、サラリーマンを卒業することを提案していたり、
  • ある人は、クリエイティブ・イベントを実践する場を作りたいと言っていたり、

様々な趣味・嗜好・目的に応じて、コミュニティはその参加者から支持されているのでしょう。

当然、インフルエンサーに影響を受けて、参加者は日常にない「変化」を求めて、参加するわけですが、彼らは何を得ることが出来ているのでしょうか?

オンラインサロンを代表に、「コミュニティ」が色々な空間に発生している現在、今回のイベントを機に、コミュニティのあり方を考えたくなったわけです。

Voicyカタリバ:荒木マスター公開収録の内容について

大きく3つの対談をファンの皆さんと一緒に聞きながら、学びを深めていく内容になっていました。

  1. 荒木マスター×メンバー 「とらひこ」さん対談:「オープンイノベーション」
  2. 荒木マスター×メンバーくあっかさん:「豆腐バカ世界に挑み続けた20年」
  3. 荒木マスター×多田翼さんの対談:「知的筋肉」と「表現神経」

どの内容も、対談者と荒木マスターが、お互いの悩みや知見を掛け合わせて、高め合い、より良いアイデアや行動を生み出そうとしているところが印象的でした。

また、荒木マスターの放送や、ビジネス書図鑑を見た方には、それらで登場する名著なビジネス書の引用にニヤリとくる場面が多く、良き復習の場面となりました。

(「リーダーシップの旅」、「SHOE DOG」、「アウトプット大全」等など・・・人によって思い浮かべたビジネス書は異なるかもしれません。)

ボット説のあった多田さんの登場、しかしAIロボットの可能性はまだ完全に否定できない。

非常に、ファンコミュニティとして素晴らしい雰囲気ではある一方で、なにか物足りない感覚に襲われたのも事実です。

コミュニティへの参加:「インプット」と「アウトプット」

今回の対談の中で、インプットは3割で、アウトプットが7割だと良いというアウトプット大全におけるアウトプットの作法が語られるシーンが有りました。

(詳細はアウトプット大全参照)

コミュニティへの参加も、それに似ていると、思ったのです。

自分自身のコミュニティへの参加の中で、物足りない感覚は、「インプット」に比重が多い感覚から来ていたのです。

例えば、荒木マスターが何かを伝える、それに対して参加者が「素晴らしい」と伝える、この構図は素晴らしい構図だとは思いました。

他方で、荒木マスターが何かを伝える、それに対して、参加者が「対話(Dialog)する」「議論(Discussion)する」ことはあまり出来ませんでした。

私も含めて、多くの参加者が荒木マスターからインプットを頂いておりました。

他方で、参加者から荒木マスターに対して、もしくはその場の人々に対してアウトプットが出来ていたのでしょうか。

コミュニティにおける、インプットとアウトプットの比率を参加の面からも、運営の面からも考えさせていただくことが出来ました。

  • コミュニティの目的は何か?
  • コミュニティのオーナーは何を求めているのか?
  • そして、自分がコミュニティで情報を消費するだけでいいのか?
  • コミュニティに興味を持ったきっかけを再考して、「生産」に目を向けてみているか?
  • コミュニティを盛り上げる本質は、自主的にアウトプットを引き出す文化を作ることなのではないか?
  • アウトプットはオーナーの目を気にした生産になってしまっていないか?
  • オーナーにも議論を持ちかける、良い意味での逸脱行動は取れているのか?

などなど、色々な学びをいただきました。

コミュニティとは何か?

そして、最後に、コミュニティとはそもそもどういうものか?という観点から理想的なコミュニティを考えたいと思います。

コミュニティという語は,(1)原始共同体村落共同体というように歴史学的概念として使われることが最も多いが,(2)社会学的概念としても使われる。

共同体(生活の共同性がいちじるしい社会集団)。

コミュニティの始まりは、日本では村落集合体でしょう。

そして、邪馬台国などのクニが生まれ、クニ以外にも、仏教などの宗教共同体のコミュニティが出来たと、日本史で習った限りでは考えられます。

そして、近代国家になってから、ベネディクト・アンダーソンの言う「想像の共同体」たる国民国家が生まれたわけです。

コミュニティはある種の同質性や心地の良い雰囲気が、維持に欠かせないということは、歴史を見ても明らかです。

他方で、日本の鎖国を例に、極めて同質性や礼賛性が高まると、革新が止まり、外圧で脆くも崩れ去ってしまうのです。

それは、今回のVoicyカタリバにおけるコミュニティの「良い雰囲気」にも感じられた部分です。

「良い雰囲気」でコミュニティを終わらせずに、メンバー全員がオーナーにも学びを与えるような議論やアウトプットをする意識が大事なのではないでしょうか。

そのような議論・対話・逸脱のコミュニケーションのバランスを取ることが、学びを与える・繁栄するコミュニティの運営なのでしょう。

荒木マスターはグロービスから転職した理由として、「選ばれた人が学ぶというよりかは、多くの人が学ぶことが出来る環境」を考えたいとおっしゃっておられました。

「電車でスマホのゲームをみんながやるのではなく、全員が知的好奇心をもって違う方向性を向いていく世界」、そんな面白い世界を自分も主体的にアウトプット・生産していきたいものです。

(ご参加されたすべての皆様、学びをありがとうございました。)

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